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テディベア作家の日常~テディとともに♪「テディベア物語」

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母から子へ、そして愛する人へ。TeddyBearは何十年もの歳月をかけて時の旅をしていくのです。

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シュタイフ社、創業者マルガレーテ・シュタイフさん パート2

皆様、

テディベアの生みの親であると言われるマルガレーテ・シュタイフさんをご存知ですか?


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ドイツは、テディベアの故郷、老舗店であるシュタイフ社の創業者が、マルガレーテ・シュタイフさんです。

私は、2017年8月21日に、彼女のことを、記事にいたしました。

来月、8月10日に東京世田谷区にある「徳の蔵」というギャラリーで、テディベアのことをお話することもあり、

皆々様に、マルガレーテさんの生きた時代をお伝えしつつ、なぜ、今、世界中でテディベアが愛されているか?

ご一緒に考えてみたいと思っております。

マルガレーテ・シュタイフさんは、写真の女性です。

小さい頃に、ポリオを患ったときの後遺症で彼女の両足と右手は、生涯、動かなくなりました。

時代は、日本では、幕末時代。

世界中が大きく変る時代に彼女は生まれました。

また、車椅子が生まれたのは、彼女が足を患ってから、ずっと後のことです。

ところで、

ドイツでは、ナチスヒットラーの時代、ユダヤ人に対しての多量殺人にガス室を造ったお話も有名ですが、

このガス室は、一番最初に、入った人達をご存知でしょうか?


私は、昔、福祉を学んだときに、知りました。


このガス室に最初に送られたのは、ドイツに住む肢体不自由な方々だったのです。


ですから、

この時代に、マルガレーテさんのような身体の不自由な方々がどんなに差別を受けていたかが想像できると想います。



ですが、

彼女は、家族からとても愛されていたと言う文章を私は、

「テディベア誕生100年展」テディベア生誕100年展実行委員会の冊子から見つけて、

なるほど。

と、

うなずきました。


彼女は、とても愛されて育ったたんです。

小さいときから、自由に物事を考え、その独創性は、豊かに育まれていただと想像するのです。


その証拠に、ドイツ語で、おてんば娘のことを「グレーテル」と呼ばれるほどに、活発な少女だったようですね。

そのおてんばをゆるされるほどに、

おてんばな少女を過ごした彼女への家族の愛は、広く、愛情の深さを、

その後のテディベアの数々を生み出していく努力に見ることができます。

どんなに、世間が冷たかろうと、

どんなハンディキャップをも乗り越えていく力は、

彼女の常に独創的な発想の豊かさにあり、それを見守る家族だった想像します。



手や足の不自由だった彼女は、

何もできない人ではありませんでした。

むしろ、
果敢にも何事にも挑戦するチャレンジャーだったと思うのです。
また、常にアイデアを持っていました。


産業革命に開発されたミシンを反対側から操作すると言うことで、克服していくからです。



また、そのテディベアのデザインを考え、

提供したのは、彼女の弟フィリッツの子供6人の中のひとり、リチャードと言われています。


とにかく、彼女は、

弟さんの子供たちが可愛くて可愛くて、とても可愛がっていたと。

その子供達の様子を常に観察して、生まれたのが、


「子供達には、最良なものこそふさわしい」という言葉でした。

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愛情をおばさんであるマルガレーテさんから受けて育った甥のリヒャルドさんは、

美術学校に行き、

その後、伯母さんであるマルガレーテをサポートするようになったのは、

自然な流れだったように感じます。

その彼が、本物に近い素材で熊のぬいぐるみを開発したいと願い、

その開発をマルガレーテは見守っていく。

若い挑戦を

静かに見守っていくその愛のまなざしが、

今のテディベアへと繋がっていくのです。



さて、では、どのようにでしょうか?



ドイツには、見本市があちらこちらであります。

テディベアの最大のマーケットは、

皆様もご存知の

毎年、春に開催される

テディベアトータルですね。


そのようなあらゆる商品などを紹介していく、

世界中から多くのバイヤーがやってくる見本市が

ドイツには、たくさんあるのです。

その当時、若い彼は、ライプチヒでの世界見本市で

本物に近い素材の生地を開発したテディベアを

マーケット市場に出していくのです。


最初、

多くの人がベアを見て、

価格があまりにも高いという評価に、

彼は、落胆を隠し切れませでした。

そのテディベアをダンボールにいれてしまうほどに。

ただ、最終日に、

そう、最後にドラマがやってくるのです。



あるアメリカ人のお客様の目にとまったのです。


実は、リヒャルドさんは、とても落胆していましたから、

テディベアもしまいこんでしまっていて

何もなかったのを不思議がって、

お客様は、彼に問うのです。

おそらく、

「どうしましたか?

商品が何もありませんかが。。。。」

私は、このお客様は、きっと、シュタイフ社の評判を知っていたと思うのです。

自分の目で確かめたかったように思います。





リヒャルドは、

ためらいながらも、しまいこんだベアを見せたとあります。

このシーンよくわかります。

まあ、そんなに言うなら、見せてさしあげますけれど。。。。。

ってね。^^

彼は、大変にお金をかけて投資を受けての挑戦でした。

すると、お客様はいうのです。

「こういうぬいぐるみこそ、子供たちは抱きたがっているのです。」

落胆が喜びに変った瞬間ですよね!!!


このお客様も凄いんですよね~。

いきなり3000体を注文したのですから!!!






ご縁とは、いつも不思議に想います。

このご縁が、世界へとテディベアが旅立つきっかけでもあるのです。

つまり、今、私がテディベアを製作することができたのも、

この瞬間があったからではないでしょうか!!!!?


想像たくましい私は、この時のリヒャルドの喜びを自分のことのように

かみしめることができます。

そして、

マルガレーテさんの過ごす小さな町ギーゲンが

当時、子供さんのいる若いお母さんに、世界初の内職というシステムをもって

さらに、

さらに、


ひろがっていくのです。


貧しかった町が、

マルガレーテの精神により、
全ての人々が潤うようにと、

仕事に尽力をつくしていきました。



また、マルガレーテおばさんが動きやすいようにと。

世界で車椅子が無かったときに、

彼の考案して作られたのが車椅子でした。

愛溢れる作品ですよね。

こんなところに、愛の発明があるのです。。。。



テディベアは、

多くの人々に

希望を、

喜びを、

夢を、

そして、癒しと勇気をもたらしました。

それも、一人の手と足の不自由な少女から。

少女の好奇心によって。

彼女を暖かく見守ってくれた家族の愛によって。


私がどれだけ、この小さな存在のテディベアに

心が震える体験の数々を頂いたかは、

言葉で説明はできないほどです。

多くのこの私のブログを見てくださっている方々も承認ではないでしょうか?

マルガレーテさんは、すでに亡くなっていますが、

その好奇心は、時間をも越えているかのように思うのは、

私だけではないように思います。

現に、

シュタイフ社のテディベアを、

または、

作家によるテディベアを伝えている多くの人達がいるからです。


人の持つ喜びは、広がります。

それは、永遠に。

尚、テディベアが愛されるのは、

そのゆえんですね。



皆々様に、

心から、

愛、喜び、感謝を伝えたいと思います。

いつも、私のブログを愛してくださる皆々様が

いつも、笑顔いっぱいでありますように。

























by gift-from-mom | 2019-07-24 12:19 | テディベアの魅力