ご縁の不思議に導かれて。。
2020年 01月 16日
名前は、大和。
こちらは、府中は常福寺さんのところに婿入りしている子です。
(画像は、常福寺さんより)
福山の備後絣、織りのズボンをはいている子は、小さいながら、日本人の心を持つ子だ。
さて、
殿元ご住職様は、呉市の大和ミュージアムを訪れ、
二度と戦争のないようにと
亡くなられたご霊様を思い、
祈りを捧げられたと伺いました。
そして、昨年の天満屋テディベア展で、
訪れて下さった際に、この子を求めてくださいました。
また、
後日談として、
テディベア「大和」を買って下さった後、天満屋地下でお茶の試飲を薦められたら、また、そのお茶の銘柄が、
偶然にも「大和」だったと伺った。
そして、昨年の12月8日に、
殿元ご住職様がいらっしゃる常福寺さんで、私のテディベアファンの黒木ドクターの講演会をさせて頂いたのは、こちらのブログで紹介させて頂いたとおり。
おりしも、その日は、真珠湾攻撃のあった日であり、ジョンレノンが亡くなった日だった。
共に、祈りを捧げさせて頂き、
講演会を皆々様と共に、暖かくご一緒したのだ。
さて、さて、年を越えて。。。
実は、大和には、続きがあった。。。
皆々様は、「大和」と言う映画をご存知だろうか?
そして、生き証人である福山市に在住の八杉さんをご存知だろうか?
映画「大和」は、福山市の鞆の浦でも撮影され、また、八杉さんの証言が至るところに、反映されていると、聞いている。
その八杉さんとは、実は、私は、もうひとつご縁を頂いている。
息子が小さい頃、バイオリンを購入する際に、八杉楽器でお世話になったのだ。
弦の張り替えにも、たびたび訪れては、メンテナンスも良くしてくださった。
その時には、八杉さんがそのような生き証人であることは、知らなかった。
息子には、楽しむようにと、たびたび声をかけて下さったのを、昨日のことのように思い出される。
さて、続きとは、、、
ご近所さんに前々から気になるお好み焼き屋さんがあった。
どうも、夜しか空いていないようす。
たまたま夜に通った時、お酒もあるみたいだったことを知る。
そして、大山先生が、年明けに福山にやって来た。
二人でそちらに立ち寄ってみようと言うことで立ち寄ってみた。。
すると、お店にあるテレビ画面には、、映画「大和」について、また、戦争について、インタビューされている八杉さんが出ておられた。
「??」
どう言うことか?と、尋ねると、
八杉さんが3日前にお亡くなりなったと聞いた。
私は、そちらで八杉さんが亡くなったのを知った。
私が八杉さんを知っていることに、
そして、昨年の12月8日に、
殿元ご住職様がいらっしゃる常福寺さんで、私のテディベアファンの黒木ドクターの講演会をさせて頂いたのは、こちらのブログで紹介させて頂いたとおり。
おりしも、その日は、真珠湾攻撃のあった日であり、ジョンレノンが亡くなった日だった。
共に、祈りを捧げさせて頂き、
講演会を皆々様と共に、暖かくご一緒したのだ。
さて、さて、年を越えて。。。
実は、大和には、続きがあった。。。
皆々様は、「大和」と言う映画をご存知だろうか?
そして、生き証人である福山市に在住の八杉さんをご存知だろうか?
映画「大和」は、福山市の鞆の浦でも撮影され、また、八杉さんの証言が至るところに、反映されていると、聞いている。
その八杉さんとは、実は、私は、もうひとつご縁を頂いている。
息子が小さい頃、バイオリンを購入する際に、八杉楽器でお世話になったのだ。
弦の張り替えにも、たびたび訪れては、メンテナンスも良くしてくださった。
その時には、八杉さんがそのような生き証人であることは、知らなかった。
息子には、楽しむようにと、たびたび声をかけて下さったのを、昨日のことのように思い出される。
さて、続きとは、、、
ご近所さんに前々から気になるお好み焼き屋さんがあった。
どうも、夜しか空いていないようす。
たまたま夜に通った時、お酒もあるみたいだったことを知る。
そして、大山先生が、年明けに福山にやって来た。
二人でそちらに立ち寄ってみようと言うことで立ち寄ってみた。。
すると、お店にあるテレビ画面には、、映画「大和」について、また、戦争について、インタビューされている八杉さんが出ておられた。
「??」
どう言うことか?と、尋ねると、
八杉さんが3日前にお亡くなりなったと聞いた。
私は、そちらで八杉さんが亡くなったのを知った。
私が八杉さんを知っていることに、
マスターは、驚いていた。
戦争の歴史を多く研究されているマスターだった。
ご縁とは、不思議なものです。。
私の息子は、もう結婚しており、
息子がお世話になったのは、20年前近くだった。
ご無沙汰の失礼をしていたが、
このような形で知るようになるとは、
導きを感じざるをえない。
八杉さんを偲びながら、
いろいろな話しもして、お酒も頂いた。
こちらをおかりして、
八杉さんのご冥福を心から祈りたいと思います。
よく、ご無事に戻られ、
息子をまた指導下さり、
バイオリンの音の素晴らしさを伝えてくださるばかりか、大和の体験を伝えてくださり、本当にありがとうございました。
私達は、生き抜いて、生き抜いて、
いつもは、流していないが、
ご供養も合わせて、その八杉さんの画像をたまたま、流していたと。。。
戦争の歴史を多く研究されているマスターだった。
ご縁とは、不思議なものです。。
私の息子は、もう結婚しており、
息子がお世話になったのは、20年前近くだった。
ご無沙汰の失礼をしていたが、
このような形で知るようになるとは、
導きを感じざるをえない。
八杉さんを偲びながら、
いろいろな話しもして、お酒も頂いた。
こちらをおかりして、
八杉さんのご冥福を心から祈りたいと思います。
よく、ご無事に戻られ、
息子をまた指導下さり、
バイオリンの音の素晴らしさを伝えてくださるばかりか、大和の体験を伝えてくださり、本当にありがとうございました。
私達は、生き抜いて、生き抜いて、
どんなことが起きたとしても、人生を楽しむこと。
それが亡くなられた八杉さんのご供養であり、他に大勢の亡くなられた方のご供養にと思うのだ。
by gift-from-mom
| 2020-01-16 09:07
| 平和